石川初さんはランドスケープアーキテクトであり、また彼は地上絵師の肩書きを持つ。アーキテクトと言えば建築家。絵師と聞くと、画家やアーティストを連想する。会場に集まった多くの人たちは飲み物を片手に談笑しながら、地上絵師という初めて耳にする言葉に期待や想像を膨らませつつレクチャーが始まるのを心待ちにしていた。閉じられた講義室ではなく、２本のチューブの間という開かれた場でのレクチャーは世界中に視野を向けている石川さんにはまさに相応しい場に思われた。

　「地図とはある観点から取捨選択された地上の属性がルールに基づいて記載されている。」レクチャーの始めにまず石川さんが説明してくれたのは地図とは何かについてだった。私たちにとっては場所や道順を知るための道具だが、石川さんには歴史の描かれている本のように見えているのだろうか。そこから読み取ることのできる魅力や面白さを、全く違う視点から感じ取っている。「地面はしわしわで、デコボコしている」という言葉は印象的だった。地図は平面に書かれており、もちろん等高線で高さも表現されている。しかし、石川さんの言うしわしわ・デコボコという表現にはさらに細かい数センチ単位の違いも含まれている。地面の高さを詳しく分析し、わずかな凹凸から昔の痕跡を探し出して読み取ると、洪水の跡や昔の建物が建っていた跡まで地図上にはっきりと浮かび上がってくる。これには一同驚愕した。

　また石川さんはGPSを使って自分の移動した軌跡を１本の線として記録するという活動を行っている。この方法は目的地まで移動した道のりや、無意識な生活さえも行動のトレースがデータとして集積される。この線を地図上に表示すると、人の行動は道路によって規制されているということが一目瞭然となり、頻繁に通いよく知っている土地でさえも、実際に自分が体験している空間は、その土地全体の数パーセントにしか過ぎないことに気付かされる。