ありのまま性

みなさんこんにちは。アテンドの山川秀樹です。
今朝の関西は雨模様、今週はこれからうんと気温が下がるとの予報です。仙台はいかがですか?
みなさまもくれぐれもご自愛ください。

さて、年末最後のウィークデーがスタートし、ぼくも表面上はいつもの日常の中にいるように思われます。けれども、実はまだ、仙台での体験というか、あの「大きな休息」が残した大きな衝撃と深い余韻の中にどっぷりと浸っているのです。
あの十日間がまるでまだ昨日のことのようです。

特に後半、スタッフのみなさんはもちろん、とりわけ初対面のお客様と、ツアー終了間近におそらく共有していたであろうあのお互いの距離の近さはいったいなんだったのかと、そして、あの十日間の日常とも非日常ともつかない出来事は、ぼく自身の生の有り様にとってどんな意味を持つのだろうと、自らに問い直しているここ数日です。

前回目が見えているお客様と、目が見えないぼくとの間にある「自明性」の差異といったことについて少し触れました。
そして、もう一つ今回の体験を通して抑えておきたいテーマがあります。それは自らの「ありのまませい」ということです。

展示スペースに入ると、お客様にはその空間の全体像やあちこちに配置されている様々な事物が1度に目に入り、時には何が見えるかを語り始めたりなさいます。ところが、見えない状況で1歩ずつ導線を進んでいくぼくには、行き当たった事物の、それもほんの一部分が手や体に触れるというのが、展示作品との最初の出会いとなるわけです。そこでぼくは、そこで触れた事物の手触りや触感、把握できる形などから思い浮かぶことを話し始めます。それは、過去に触ったであろうその事物と似たもののことであったり、それを触ったときの出来事やその出来事に張り付いている思い出であったり、そのとき触れたものやお客さんの話を聴いて妄想したストーリーや現象であったりします。

それらぼくがあの空間の中で語ったことばは、まさに聴覚や触覚や嗅覚や味覚といった、いわば視覚以外の感覚を通してぼくが育んできた感性や経験、感じ方や思考etc.を基礎として、あの作品に触れたときにつむぎだされたことばだったのです。目が見えるお客様には、そうした感性から導き出されたことばの一つ一つがとても新鮮だったようですし、またたいへん興味深いと感じていらっしゃるようにも見受けられました。

ここでもぼくとお客様の生きる世界の、異質性や差異が浮き彫りになったように思われますが、こうした形でことばを通じて表現されたぼくの感じ方や思考の世界は、決して絵空事や作り事ではなく、ほぼ生まれたときから目が全く見えない状況の下で、目が
見えないという「障害」ゆえに生じる社会的な条件をもまたありのままに引き受けながら生きてきた今のぼくのありのままの世界なのです。
今回のアテンド体験を通して、そのぼくのありのままの感性や世界に改めて向き合うことができました。そして、目が全く見えないということから生じるであろう自らの障害者性や、自分が社会的マイノリティー(被差別者)であるということも含めた、自ら
の「ありのまま性」を自らしっかりと引き受けて、その「ありのまま性」を堂々と突き出して生きていくことの重要性やその社会的意義についても改めて気づかされたことは、今回の体験を通じての、非情に貴重で大きな成果と言えるでしょう。

会期も今日を入れて後三日、労苦を惜しまずに奮闘しているスタッフのみなさんに感謝と敬意を表しつつ、お客様やスタッフに様々な新たな気づきや希望が生まれることを祈念して関西からのメッセージとさせていただきます。

コメント / トラックバック 2 件

  1. 7号倉庫 より:

    こんばんは
    山川さんお疲れさまでした。

    わたしはあの時、実は盲人の方とどう接すればよいのかと戸惑いました。だから、思わず、部屋にあるものを説明したりしてしまいました。
    また、ボランティアで来ている人だから、マニュアル通りに進めているのだと思っていました。

    山川さんがこんなにいろいろ語れる人なら、もっといろいろ話せばよかったと今思います。

    観賞者も気づきがあったとは思うけど、山川さんのテキストを読むと、一番気づきがあったのは山川さん自身じゃないかと思ったりします。

    あの作品は高嶺さんのではあるのだけど、ずっと後で考えると、まるで山川さんの作品のように思えたりするのです。
    山川さんがアテンドをした時点で、作品がひとり歩きをしてしまったような。

    作者はそれを意図していたのかどうか。

    そんなことを思います。

  2. admin より:

     7号倉庫さん、お早うございます。関西に戻って1週間近くが経ちましたが、まだあの十日間の衝撃と深い余韻の中にいます。
     そうですよね。だれでも初めて視覚障害者に出会ったら、それは戸惑いますよね。でも、その戸惑いが恒常的な付き合いの中で、少しずつ消えていくといいなあと思っています。
     そうなんです。実はマニュアルも何もないのです。高嶺さんからは、好きにやってくださいと言われているので、あれはぼくにしかできないアテンドなのです。
     ですからまさにお客様との1度きりのトークセッションができるわけです。本当にアドリヴ・インプロビゼーションなんですよね。
     そうですね。一番気づきや成長や発見を、お客様やスタッフのみなさんのおかげでさせていただいているのは、ほかならぬぼく自身なのかもしれません。ありがたいことです。
     もっと話せばなんて言わずに、感じたことや話したいことがあれば、このこめんと欄に書いてくださってもいいですし、メディアテークにメールくだされば、スタッフの方がぼくに転送してくださると思いますので、これからでもどんどんお話聞かせてくださいね。
     ではまた。